目標

今日は珍しくカタイ話。この2年間の目標を書いておきましょう。ああ、長くなりそう...(汗)。


1.環境における開発援助の現場を知った上で自分の立ち位置を考える。
これがケニアに来た最大の目的。面接などでも、言い方は違えど何度も話してきたことだ。これまでも、政府という立場から途上国支援の仕事をいろいろしてきたが、初めは何が問題なのかも分からないままでやっていた。


whatが少し見えてきたところで、今度はどうやって(how)アプローチすればいいのかさっぱり分からない。見よう見真似でいろいろやって、なんだかそれらしいことはしていたが、現場がよく分かってないのにやっているということに対する居心地の悪さは自分の内にどんどん蓄積していた。途上国政府のカウンターパートや国際機関の職員と話したところで、彼らが現実をよく分かっているとは限らない。「もっと“分かって”いれば、もっと“意味のある(環境に良い)”ことができるのに。それだけのツールは与えられているのに。」歯がゆかった。


国内でも同じことだ。別に草の根でやりたいわけでも一生現場に密着していたいわけでもないが、如何せん分かってないのにトップダウンでやるのは限界がある。


念願の「開発援助の現場」(首都のオフィスで働いていることが現場とは言えないが、少なくとも物理的距離は格段に近くなった)に来れて、2年ばかりでよく分かるようになるなんて甘すぎるけれど、少なくとも、もう少し確信を持って動けるようになりたい。その上で、自分はどの立場で関わりたいのか、問い直したい。


2.専門性を見定める。
これまでずっと環境の仕事をしてきて、大学でも環境に関わる勉強をして、今の肩書にはおこがましくも「Environmental Specialist」と書いてある。確かに、仕事で特定の分野を担当すると、短い期間のうちにかなりの知識・情報は得られる。しかし、やってることは、問題を分析し、改善策を練り、結果に至る行動計画を作り、実施に向けた調整をするという極めて一般的なプロセスだ。


正直、現在目の前に環境に関するプロジェクトがあって、これにEnvironmental Specialistとしてどういう貢献できる(あるいは求められる)のか、皆目見当がつかないのだ。プロジェクト管理はできても、Env Specialistの領域はそこではない。かといってSafeguard Specialistとしてアセスと環境配慮だけを言うのとも違う。ほかのEnvironmental SpecialistやNatural Resource Specialistたちがこの組織においてどういう形で貢献しているのかも今はまだよく見えない。


分野外の人からは、ずっと環境のことばかりしてきて、環境の専門家だと見えるかもしれない。役所に戻れば、開発援助に強い人材、ということでなんとなく専門職っぽい色がつく気もする。いやいや、環境も開発援助も広大で深遠な領域だ。それが専門です、なんて意味不明なことはとても言えない。


自分の専門領域はこれだ、これで食っていける、というものの目指す形をここで見出したい。それは必ずしも特定のイシューに特化するということではないはずだ。


3.組織力を高める。
個人主義の国際機関に来て何を、と思われるかもしれない。


ちょっと遠いところから話し始めると、うちの役所にいる女性は概して優秀だ。ひいき目にみなくても、同年代の男性職員と比較しても相対的に優秀な人が多いと思う。私はこれに対して、長い間、こんな説明を自分でつけていた。


女性には働き方に対する選択の幅がある意味で男性に比べて広い。つまり、ばりばりのキャリアウーマンとして男性同様のキャリアを追求してもいいし、仕事はそこそこにして、家庭に入ることだって立派な選択肢としてある。そんなステレオタイプでないにしろ、一家の大黒柱として家族を扶養しなくては、というプレッシャーが少ない分、フルタイムで一生働くことがデフォルトでなく、多様なワークライフバランスの確立の仕方があり、事実、様々な働き方をしている女性が周りにいる。


その中で、敢えて、役所でのキャリアを選ぶという時点で、男性に比べて入ってくる層に既にだいぶバイアスがかかっているのではないか、それが女性職員に自分のキャリアについて考える機会を増やし、働く「覚悟」といったものを醸成しているのではないかと思っていた。


しかし、最近これは違うかもしれないと思ってきた。女性のほうが優秀だと先に書いたが、男性のほうが女性より一般的に秀でている分野があることが分かってきた。その一つが、いわゆる集団の中での組織力学。「世渡り」と言ってしまうとネガティブなイメージが伴うが、女性職員はこれに無頓着、あるいはそれに長けることを良しと思わない風潮が強い気がする。別に出世したいわけじゃなし、なんで上司に媚びるようなことをしないといけないのか、実力で勝負させてくれと。


私も例に漏れず、これに疎い。結果を出してれば文句ないでしょとばかりで、さらに組織も女性に甘いところがあるので、特に是正もされずにきた。


しかし、これは変えないといけないとそろそろ真剣に思い始めた。それは、自分の所属する組織の中でうまく渡り合っていきたいということではなく、仕事相手を含めてのチームマネジメント、人を巻き込み、動かして成果を出していく上で必要となる能力との共通点があると思うからだ。


幸い、これまでも多くの同僚や部下、仕事相手と一緒に働く機会はあったが、対等の立場で個々人の能力を最大限活かしてチームを形成してきたとは言いがたい。雇う側と雇われる側、上司と部下という立場で、結局自分の主張を通している場面が多くあった。言い方だって、正論を言い放ってるだけだったり。もともと人への関心が低く、相手の気持ちや意向に気づいていないことが致命的。


teamをfacilitateして、motivateし、manageしていく能力を鍛えたい。確かに国際機関は個人主義かもしれないが、だからこそ対等の立場でもこいつと一緒に仕事をする価値があると思ってもらわないといけないし、カウンターパートは政府の役人で、国際機関はあくまでよそ者機関、そこでは日本よりももっと個々人の利害や力学が強く働くだろう。さらにそれを英語でできるようになるにはもう一つハードルがある。


個人で勝負するフェーズは過ぎたのに、自分の能力はそれに対応しきれていない。これはちょっとやそこらで劇的に良くなることはないかもしれないが、苦手分野は意識して負荷をかけていかないと改善しないと思うので。


4.仕事100%の時間を有効活用する
歳を重ねて周囲にも家族や子供ができる人が増えるにつれて、仕事100%でできる環境がいかに貴重かということが次第に分かってきた。これからの人生で、仕事だけしか考えなくていいよ、なんていう時間はもうなくなっていくだろう。別にそれが嫌だと言うつもりはなく、むしろそれが人間的で幸せな姿だと思っている。


言いたいのは、いまは仕事以外なんにもしなくてもいいのに、だらだらと時間を使うなんてなんてもったいないのか、ということだ。しかも、日本を離れ、そのほかのいろんな雑事からも一時的に解放されている。知り合いの方が「24時間バリバリ働いていた独身時代といまを比べるのは、バブル期と比べて売り上げが下がった、と比較しているようなものだ」とおっしゃっているのを聞いて、それは育児休暇から仕事復帰した女性へのエールだったのだが、私自身もはっとさせられた。この2年間がいかに特別で貴重かを噛み締めて、時間の使い方を考えたい。