戦争

ケニアが揺れている。


ここのところ、ソマリア国境近くで外国人の誘拐事件が続いたかと思ったら、一週間ほど前にケニア軍がソマリアに侵攻した。アルカイダと関係の深いと言われるイスラム過激派組織アルシャバブの掃討のためだ。戦車の隊列を組んで既に複数の街を占拠し、100人近くのアルシャバブ戦闘員を殺したという。


そもそもアルシャバブは誘拐事件の犯行声明を出していない。それどころか否定している。それなのにケニア政府はアルシャバブの犯行と断定し、国境に近い難民キャンプで働いていた2名のスペイン人が誘拐された2日後には軍事行動に移った。


今回の軍事行動は事前によく調整されているようには見えない。ソマリア暫定政府の全面協力を得ていると言っていた割に、今日になってソマリアの大統領は侵攻に反対する声明を出した。欧米諸国も後方支援していると言ったそばから、アメリカとフランスにそんな事実はないと否定されるし。なぜそんなにすぐばれる嘘をつくのか。


ソマリアへの軍事協力でアメリカの信任を得てきたウガンダへの対抗だと言っているジャーナリストがいたが、それはないだろう。それにしてはタイミングが遅すぎるし、だったらもっと事前にアメリカと調整しておくくらいの知恵はあろう。誘拐事件が続いて観光産業への打撃が大きい(ラム島も誘拐の舞台となった)ケニア政府の威厳を国際社会に見せるためのパフォーマンスとも言われるが、それにしても大した下準備なしにゲリラ戦に入るなど、リスクの大きすぎると思うのだが…。


アルシャバブはこれに対して報復宣言をしており、ナイロビの高いビル等は狙い目だと予告してきた。それとも因果関係は不明だが、昨夜にはナイトクラブに手榴弾が投げ込まれ、今日はバス乗り場で爆発物が爆発し、5つ星ホテルから手榴弾とも取られる不審物が見つかった。アメリカ大使館はテロの脅威が増しているとする警告を出し、街の緊張感が高まっている。


しかし、私から言わせれば、いまのケニアに戦争をやっている余裕はないのである。うちの同僚に言わせれば、それ以前に、今のケニアは「片方のエンジンが壊れ、もう片方のエンジンがオーバーヒートの状態で、嵐に突入しようとしている飛行機」といった状態なのである。


ケニアでは国際市場の影響もあり食料価格や原油価格が高騰し、主食であるトウモロコシの価格は去年の2倍にもなった。未曾有のインフレに襲われており、人々の生活を圧迫している。壊れたエンジンとは、輸出による歳入が輸入に伴う支出を賄えない貿易赤字が恒常的に続いていること。オーバーヒートのエンジンは、その貿易赤字を、別の短期の(一般により不安定な)資金流入(外国投資や海外送金)で賄っている危うい状況が続いていること。嵐に突入しようとしているとは、輸出先の市場の大半を占める欧州が深刻な経済危機に陥ろうとしていることを指している。


このままでは、人々の生活は破壊され、これまでの堅調な経済成長の効果を台無しにするばかりか、社会を不安定化させかねない。戦争によって市場の信頼が落ちれば、オーバーヒートのエンジンはついに機能しなくなるだろう。あるいは戦争は、そんな状況から人々の目を逸らして国民の一体感を高めるためかと穿った見方をしかねない。マスコミが、ケニア軍の「快進撃」を報道する様子は、第二次世界大戦下の日本はこうだったのかと思わせるほど、気持ち悪いという言葉に尽きる。


そもそもアルシャバブ戦闘員といったって、強制的に徴兵された罪のないソマリア人たちが大半ではないか。大義のマスクをかぶった、憎悪の連鎖となるだけの殺し合いはやめてほしいと願うばかりだ。